第36回 「前線が通過いたします」はだれへの敬語?
前回、「ご報告いたします」と「報告いたします」の違いを比べ、その中で、「いたす」は主語を低め聞き手に対し丁重に述べる働きをもつ謙譲語(謙譲語Ⅱ 丁重語)であるという話をしました。では、次の例のような場合の「いたす」も、果たして同じように、主語を低めて聞き手に丁重に述べているといえるのでしょうか?
例「電車が通過いたします」
この場合の主語は「電車」になるわけですが、この文章が主語である電車を低めているのかというと、どうも違うようですね。このような場合の「いたす」は、主語を低めるという性質はもたず、ただ聞き手に対し丁重に述べるという働きのみで使われているものです。
謙譲語とは本来、主語を低める表現であることが基本ですが、「謙譲語Ⅱ 丁重語」と呼ばれるものの中には、主語を低める性質をもつものと、上の例のように、主語を低める性質をもたず、単に聞き手に丁重に述べるだけのものがあります。先の「いたす」と似た働きをもつ言葉は、ほかにも、「まいる」「申す」「おる」などがあります。それぞれ、例を挙げて比べてみましょう。
上記の表(イ)のような謙譲語の用法は、日ごろ何気なく使っている会話文や時候のあいさつ言葉などでもよく用いられています。たとえば、今ごろの季節ですと、「夏を思わせる陽気になってまいりました」「木々の緑もいちだんと色濃くなってまいりました」「紫陽花の花が咲き始め、梅雨の入りを感じさせるころとなってまいりました」…など、たくさん挙げられます。
本来の謙譲語の性質である主語を低める働きのものと、主語を低めるという性質を失い、単に聞き手に丁重に述べるだけの働きになったもの。「謙譲語Ⅱ 丁重語」と言うと、なんだかむずかしいものと思いがちですが、その違いを比べてみると意味や使い方がはっきりしてくるものですね。