日国余滴
「オードブル」をめぐる探索、その途中経過(後編)
金水 敏
4. 宴会料理とオードブル
オードブル1にたどり着くまでの道筋については、だいたい摑めたとして、ではオードブル2はどうか。これについて考えるためには、宴会料理に焦点を合わせる必要がある。
18世紀までは、フランス料理の歴史はまさしく宮廷晩餐(ばんさん)会の中で発展してきた。19世紀になって、中産階級が勃興してくると、民間主催の宴会や、また小規模な食事会なども開かれるようになって、フランス料理が形式から味覚主体へと移っていくことになる。アシェット・サービス(料理を一皿ずつ提供する)が一般化していくのもその流れで理解できる。しかし大規模な宴会は19世紀以降も続けられるわけで、そこでは前時代のやり方を受けついだ大皿盛りの文化も残っていく訳である。
宴会のやり方は、その目的と規模によって、ビュッフェ形式、テーブル・サービス、その中間(ロシアン・サービス)など多様化していく。「ビュッフェ・ダノワ」(デンマーク式ビュッフェ)と呼ばれる、いわゆる「バイキング」形式もその様式の中に含まれる。
ひるがえって、日本ではどうか。明治時代以降、欧化政策の一環として、宮中を中心に西洋式の宴会を積極的に取り入れていった。そして、鹿鳴館に代表されるように西洋式のおもてなしが外交の重要な手段として活用されたわけである(宇田川悟 『東京フレンチ興亡史』KADOKAWA)。
これに対し一般庶民には西洋料理は直ちに浸透したわけではなく、東京など都市部を中心に、米食に合うトンカツ、ビフテキ、カレーライス等のいわゆる「洋食」の形で大衆化していった。したがって、フランス料理の「フルコース」は、戦前までは庶民からほど遠い存在であったし、ナイフ・フォーク等の洋食器の使い方も一部の上流階級や知的階級の人びとを除けば知らない人がほとんどであったと考えられる。
日本で、西洋料理が本格的に広まっていったのは、戦後も1950年代半ば以降の、高度成長期のことであろう。結婚披露宴が結婚式とセットでホテルで開かれるようになるなど、ホテルの宴会場を中心に人びとは西洋料理に触れる機会を持つこととなった。「オードブル」という名称が日本人に広く知られるようになったのは、おそらくこの頃のことである。
なお、宴会場でのオードブルは、大皿盛りの「オードブル・バリエ」がかなり多かったのではないか。大皿料理としての「オードブル」は、戦後の宴会料理の記憶が一つの起点となっていたと想像される。
5. 「中納言」で「オードブル」を検索する
国立国語研究所のウェブページで、15種類の大規模コーパスを「中納言」という検索エンジンを介して検索することができる。今回は「日本語歴史コーパス」(CHJ)と「現代日本語書き言葉均衡コーパス」(BCCWJ)で語彙素「オードブル」を検索してみた。
CHJでは2件が上がってきた。一つは『読売新聞』1909年5月2日・第11471号の記事であった。
(用例1)
▲海相邸の晩餐會一行の宿所は海軍大臣の官邸と定められて居るが海相は一日午後七時卅分より同邸に來賓三十名を招待し遠來の客と晩餐を共にしたが當夜の御料理は麴町三河町の寶亭が賄ひ一切フランス式なり其献立は△オールドーブル△すつぽんのスープ△肴(蒸鱒、小エビ、鮎のフライ)△牛のひれ煮△鶉の蒸燒(サラダ附)△野菜(新獨活)△菓子(シヤントリー、パイナツプルのアイスクリーム、干菓子水菓子)
――サンプルID: 60P読売1909_52032、開始位置7140。検索日2026/04/08
もう一つは、1930年に刊行された志賀直哉の小説『暗夜行路』からの用例である。
(用例2)
近頃佛蘭西人が開いた西洋料理屋へ行かうと云ふ連中と、うまい肉屋へ行かうといふ連中とで、中々ゆづり合はなかつた。「君、あの家のオードウブルには硝子のかけらが入つて居るよ」緒方と云ふ一人がこんな事をいつてけちをつけたりした。到頭別々に食事をする事になつて、其代り肉屋の連中が茶だけを其西洋料理屋へ飮みに行く事にして分れた。
――サンプルID: 60N暗夜1921_11006、開始位置3890。検索日2026/04/08
両方とも「オードブル1」の用例で、『読売新聞』のほうは1909年の海軍関係者の晩餐会の模様を伝える記事であり、『暗夜行路』のほうはレストランにおける小規模の友人同士の会食であることが分かる。「オールドーブル」「オードウブル」という表記も重要である(なお用例1は、『日国』第2版の用例より古い。より古い用例もありそうである)。
BCCWJでは、86件の用例がヒットした。年代の範囲は1976年から2008年までで、小説、Yahooブログ【*1】、実用書等幅広い文献からテキストが取られている。詳しい分析は今後の課題であるが、一番古い1976年の用例は次のようなものである。
(用例3)
特に外国から来た客には、日本の味のバラエティを知ってほしいので、和風オードブルをほんのちょっぴりずつできるだけ多種類用意しておく。
――桐島洋子(著)『聡明な女は料理がうまい:女ひとりの優雅な食卓からーパーティのひらき方まで』主婦と生活社、サンプルID: OB1X_00177、開始位置14550。検索日 2026/04/01
また、2008年の用例として、Yahooブログから2件挙げておく。
(用例4)
「今日は決めてるの?」「うん」車をブーンと走らせて着いたのはヨットのマリーナ そこでイタリアンランチ オードブルはバイキングで食べ放題
――Yahoo!ブログ、サンプルID: OY07_02662、開始位置1930、検索日 2026/04/01
(用例5)
イベント=お寿司が定番の我が家です。とても美味しかったですよ(^−^*)チーズ揚げ、クリームコロッケ、唐揚げです今年はオードブルを注文せず、自宅で全て準備しました! お正月に、お姉の誕生日・・・太ってしまいそうです
――Yahoo!ブログ、サンプルID: OY05_04993、開始位置2440、検索日 2026/04/01
興味深いのは、オードブルの指示範囲が大変広がっている様子で、用例3では「和風オードブル」ということばが出てくるし、用例4では「イタリアンランチ」のオードブルで、「バイキング」式の食べ放題であると書かれている。また用例5ではオードブルは「注文」するものだが(つまりケータリング)、今年は自宅で作ったと言っている。
また一方で、次の例のように、伝統的な「オードブル1」の用例もある。これは、フルコースをいただく際の礼儀作法を述べた書籍の用例とみられる。
(用例6)
パンは主食ではないので、食べすぎてお腹がいっぱいにならないように、オードブルが終わり、スープが出された後から食べ始め、デザートの前に食べ終えます。
――上月マリア(著) 『礼儀と作法:基礎入門編』2003年刊、サンプルID: PB33_00104、開始位置55150、検索日 2026/04/01
6. 日本独自の「オードブル」の発達
本稿の最初に、大阪大学で行われたパーティの模様について書いたが、私が大阪大学に着任した2000年頃にはパーティ料理のパターンは完成されていた。
オードブルの皿には概ね、揚げ物、焼き鳥、和総菜、チーズやハムが盛り付けられていた。これが「オードブル2」の典型である。フランス料理の宴会に出てくる「オードブル・バリエ」が原型であろうことは書いたが、それをはるかに超えた日本化が見てとれる。これの他に、かならずすし桶の寿司盛り合わせと、デザートのケーキや和菓子の皿が付くのが定番で、少し会費の高いパーティになれば、チェーフィング・ディッシュ(保温・過熱器)に温菜が数種出てくることになる。
ここで重要なのが、オードブルを盛り付ける容器で、ネットの画像検索で「オードブル皿」と入力すると、同じような容器がずらっと出てくる【*2】。銀色の楕円形の容器もある一方で、複数の惣菜が区分できるように、円形の区画のまわりに扇形の区画が5〜6個切られた容器も多い。これらの容器は、家庭で使われるというよりは、ケータリングのための資材であるように思われる。
このような「オードブル」の食文化はいつ頃、どのようにして出来ていったのか、これについては未だ決定的な資料を得ていないが、高度経済成長期以降、80年代後期から90年代初頭までのいわゆる「バブル経済」期における日本でのパーティ文化の発達が絡んでいる可能性はある。
日本の「オードブル2」には、フランス料理どころか、日本料理、中華料理、韓国料理、エスニック料理等、日本で食べられる大衆料理ならなんでも盛り付けられるのだが、これはたとえば「お節料理」と似た特徴であり、また高知県の「皿鉢(さはち)料理」も思い出される。また、すし桶がセットで供される点で、盛り合わせ料理のケータリング文化も「オードブル2」形成に関わっている【*3】。
「オードブル皿」の発生と発達や、ケータリング産業の発達等も追いかけることによって、「オードブル2」の歴史的探訪はまだ続きそうであるが、とりあえず現状報告として筆を擱(お)く。
参考文献(国語辞典は除く)
株式会社ユズ編集工房(編集) (1989)『フランス料理新百科事典』(全6巻)同朋舎
宇田川悟 (2008)『東京フレンチ興亡史』角川ONEテーマ21(新書)、KADOKAWA
国立国語研究所 (2025) 『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(バージョン2021.03,中納言バージョン2.7.3,分類語彙表情報 2025.03)https://clrd.ninjal.ac.jp/bccwj/(2026年4月8日確認)
国立国語研究所 (2026) 『日本語歴史コーパス』(バージョン2026.3,中納言バージョン2.7.2)https://clrd.ninjal.ac.jp/chj/(2026年4月8日確認)
『騎士団長殺し』テキスト
村上春樹 (2019) 『騎士団長殺し 1 第1部 顕れるイデア編(上)』新潮文庫
参考資料
【*1】 「Yahooブログ」の当該サービスは現在公開終了している。
【*2】 Google検索の結果を示す(2026年4月8日アクセス)。
Google画像検索結果「オードブル皿」
【*3】 Claude Sonnet 4.5 に聞いてみたところ、沖縄にはまた独自の「オードブル」文化があると教えてくれた。参考サイトは以下の通り。https://teruyashikki.com/okicolumn/
◎プロフィール
金水敏
きんすい・さとし/1956年大阪府生。大阪大学大学院名誉教授、放送大学特任教授。日本学士院会員。博士(文学)。日本語文法学会会長、日本語学会会長を務める。専門は日本語史、役割語研究。『日本国語大辞典 第二版』の改訂にも関わる。
概要
よ‐てき 【余滴】
(1) 筆の先や硯(すずり)などに残った墨のしずく。
(2) 雨の後のしたたり。
(3) ある作業の副産物。「研究余滴」
(『現代国語例解辞典 第五版』より)
『日本国語大辞典』の改訂作業のなかでの発見や、辞書には記述されにくいこと、辞書からこぼれ落ちてしまうことなどを不定期で掲載します。
プロフィール
『日国』編集部
この連載は『日本国語大辞典 第三版』の編集に携わっている方からの寄稿記事です。各記事にプロフィールを添えています。
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