第 3回 今なお健在な関西の「指詰め注意」
「最近は見かけなくなったが、以前は大阪で電車に乗ると、ドアには必ず「指詰め注意」のステッカーが貼られていた(表記が「指詰め」だったか「ゆびづめ」だったかは定かではないが)。大阪で初めて目にしたときはギョッとなったものである。「指をつめる」と聞いてまず思い浮かぶのが極道モノの映画やドラマだからである。しかもそれらの舞台はほとんど関西なのだ。車内のドアというドアに貼られた「ゆびづめ」の文字が何ともいえぬプレッシャーとなり「なんて恐ろしいところに来てしまったんだ」とびくびくしながら目的地を目指したものである。
共通語の「つめる」には「物をすき間に入れて、空きのないようにする」という意味があるが、それが関西では「すき間に挟む」意味へと広がったのだ。ちょっとした意味のズレが大きな誤解をもたらしたわけだ。子どもに向かって「指つめんよう気ぃつけや」と叫んでいる母親も決して“極道の妻”ではないのである。しかし、東京の「扉に手をはさまないようご注意ください」がいかに丁寧な表現であろうと、インパクトの点においては「指詰め注意」に軍配を上げたくなってしまう。
最近の車内の掲示の多くは「ドアにご注意」「指にご注意」等に代わってしまって寂しいが、関西を代表する「指詰め注意」のフレーズは所々で今なお健在である。京都市内のホテルの回転扉の注意書きにも堂々と採用されている(写真1)。注意喚起のためとはいえ、「ゆびづめ」のひと言がかえって人々の気を引いて危険を予測させる。なげやりな感じもまたいい。
この表現、お目にかかれるのは関西だけかと思いきや、何と自宅でも発見してしまったのである。まさに灯台下暗し。何気なく車庫の電動式扉を見たら「指づめにご注意」との注意書きが貼られているではないか(写真2)。扉のメーカーは「松下電工(現パナソニック電工)」。そう、本社はまさに大阪。全国に流通する商品の注意書きにまで登場するとは、恐るべき「共通語な方言」である。
P.S. 過日、ホームセンターで組み立て式の物干しスタンドを購入したらなんと部品の一部に「指づめ」を発見。メーカーの本社所在地はやはり大阪であった(写真3)。
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写真提供:山本幸子さん、 飯塚恭子さん |