日国余滴
「日国」か「日国大」か
青木 博史
九州大学国語学・国文学研究室では、「日本国語大辞典」は「日国大(ニッコクダイ)」と呼ぶのが通常であった。通常であった、と過去形にするのは、最近は教員も学生も当たり前のように「日国(ニッコク)」と呼んでいるからである。
それもそのはず、小学館のホームページ『日本国語大辞典 第三版』のURLはhttps://www.shogakukan.co.jp/pr/nikkoku3/で「nikkoku(ニッコク)」なる綴(つづ)りが入っているし、また、この「ことばのまど」ページ「編集部からのおしらせ」コーナーにある「2026日国春の辞典イベントを開催します」という見出しの記事の冒頭には「小学館『日本国語大辞典』(通称:日国 太字は筆者による。以下同)第三版は、2032年の完成をめざして鋭意編集中です!」とある等、「日国」の表記は至るところに散見する。そもそも小学館では「日国(ニッコク)」と呼ぶのが普通であることが分かる。
では、「ニッコクダイ」は我が研究室以外では通用しない、完全なローカルな呼び名かというと、倉島長正『国語辞書一〇〇年』(おうふう、2010年)に、「『日本国語大辞典』は、完結後「日国(にっこく)」(一部では「日国大」(にっこくだい)とも)と愛称されるようになりました」(p.191)と記されていることを見つけ、いささかホッとさせられる。
とはいうものの、『日本国語大辞典』の成立史を描いた倉島長正『「国語」と「国語辞典」の時代・下』(小学館、1997年)には「『日国』物語」という副題が付けられており、「ニッコクダイ」がマイナーな呼び名であることに変わりはない。
しかし、大型辞書であることの気概を示す「大(ダイ)」の語が、略称する際に落ちてしまうのはどうも物足りない。『大言海』(冨山房、全4巻)、『大日本国語辞典』(冨山房、全4巻)、『大辞典』(平凡社、全26巻)等を受けて出来上がった『日本国語大辞典』(小学館、全20巻)にあって、「大」辞典であることを示す「大(ダイ)」は欠かせないのではなかろうか。
余談となるが、1990年代前半に大学院を志した私がまず先輩から言われたのは「とにかく本を買え」ということだった。研究室にある本を借りて読むのではなく、研究に必要な本は自分で揃(そろ)えるようにと教えられ、その手始めが「ニッコクダイ」と「ダイカンワ」(『大漢和辞典』大修館書店、全13巻)だった。いかにそれらを安く手に入れるかが貧乏学生にとって重要なことだったが、古本市で手に入れた深緑色の「ニッコクダイ」全20巻を、重くて悲鳴を上げながら持ち帰ったことを未だに覚えている。
「古語大辞典」は「古語大(コゴダイ)」なのに、「日本国語大辞典」はなぜ「日国大(ニッコクダイ)」でないのか(ちなみに、小学館の1冊本と角川書店の5冊本は「小学館・古語大」「角川・古語大」と呼び分ける)。
この疑問に対しては、「古語」だけだと言葉として一般的すぎるので末尾に「大」をつけないと「古語大辞典」の略であることは分からないからとか、逆に、「日国」はそれだけで他と紛れることはないからよいのだとかいった説明を受けることがあるが、「日国」だと「日本国語」の略ではあるが「日本国語大辞典」の略であることは保証されないのではないかと思ってしまう。
こうした略語の作り方のルールについては窪薗晴夫氏に詳しく、研究者向けの『一般言語学から見た日本語の語形成と音韻構造』(くろしお出版、2023年)などもあるが、ここでは一般向けに書かれた新書『通じない日本語』(平凡社、2017年)の記述を紹介しておこう。
窪薗著を繙(ひもと)くと、略語の法則として、①語頭を残す、②語頭の2モーラ【*1】を取る、という2つが重要であることが述べられている。「気持ち悪い→キモい」は、語頭の2モーラ「キモ」を取って形容詞の印である「い」をつけて出来たもの、「挙動不審な態度をとる→キョドる」も、語頭の2モーラ「キョド」を取って動詞の印である「る」をつけて出来たもの、といった具合である。
複合語の場合も同様で、「デジタル・カメラ→デジカメ」、「ミスター・チルドレン→ミスチル」、「きむら・たくや→キムタク」のように、やはり上記の2つの法則に則って略語が作り出されていることが分かる。
この2モーラというのが、現代日本語における基本的な単位として重要であることを、もう少し見ておこう。これも窪薗著に挙げられる例であるが、「月、火、水、木、金、土、日」を発音するとき、太字部の1モーラの語は2モーラに伸ばして発音しているし、「やくざ」の愛称(?)は「ヤさん」ではなく「ヤーさん」あるいは「ヤッちゃん」のように、長音や促音を加えて2モーラを達成していることが分かる。
ここで「日国(ニッコク)」に戻ると、先ほど「日国」は「日本国語」の略になってしまうのではないかと文句をつけたが、「ニホン・コクゴ」の略語であれば「ニコク」となりそうなところである。しかし、やはり「語頭の2モーラ」とするために促音を加え、「ニッコク」としていることに気付く。「日国(ニッコク)」は、略語の法則に正しく則った貴重なサンプルなのであった。
こうして作り出される略称は、全体としてほぼ4モーラ(以内)に収まる。たとえば大学名を見てみると、「大」を残して「東京大学→東大(トーダイ)」「大阪大学→阪大(ハンダイ)」「名古屋大学→名大(メイダイ)」のようにする場合と、「大」を取って「同志社大学→同志社(ドーシシャ)」「南山大学→南山(ナンザン)」のようにする場合がある。 そして、「慶應義塾大学」は「慶應義塾」ではなく「慶應(ケイオー)」、「立命館大学」も「立命館」ではなく「立命(リツメイ)」と呼び、また、「青山学院大学」は「青学(アオガク)」、「西南学院大学」は「西南(セイナン)」と呼ぶ。略し方はそれぞれであるが、愛称は4モーラに収めようとしていることが分かる。
そして実は、我が「国語学・国文学研究室」も、略称は「国文(コクブン)」である。「日国」でなく「日国大」と呼べと言っているのは、「国文」だと「国語学」が切り捨てられる感じがするので「国語国文」と呼べと言っているのと同じ感覚だろう。ところが私は、「国文(コクブン)」でまあいいかと思っている派である。略称としての4モーラの落ち着きのよさを重視しているのだと思う。
現在、九大国文(キューダイコクブン)では、「日国大(ニッコクダイ)」を復活させようとの動きが国語学講座において見られるが、実際に口に上(のぼ)すといささか座りが悪い。一旦「日国(ニッコク)」として定着した愛称を、略語の法則から外れる「日国大(ニッコクダイ)」へと導くのはなかなか難しそうである。

イラスト/大窪史乃 https://www.shinono.net/
注
【*1】 モーラとは音の数え方の単位であり、「拍(はく)」とも呼ばれる。日本語の仮名1文字が基本的に1モーラに相当する。長音「ー」、促音「っ」、撥(はつ)音「ん」は1モーラに数えるが、「ゃ」「ゅ」「ょ」などはその前の仮名と一体となって1モーラである。「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」の「法隆寺(ほうりゅうじ)」は5モーラ。
◎プロフィール
青木 博史
あおき・ひろふみ/1970年福岡市生。九州大学主幹教授、九州大学大学院人文科学研究院教授。博士(文学)。日本語文法学会副会長。専門は日本語文法の歴史的研究。
概要
よ‐てき 【余滴】
(1) 筆の先や硯(すずり)などに残った墨のしずく。
(2) 雨の後のしたたり。
(3) ある作業の副産物。「研究余滴」
(『現代国語例解辞典 第五版』より)
『日本国語大辞典』の改訂作業のなかでの発見や、辞書には記述されにくいこと、辞書からこぼれ落ちてしまうことなどを不定期で掲載します。
プロフィール
『日国』編集部
この連載は『日本国語大辞典 第三版』の編集に携わっている方からの寄稿記事です。各記事にプロフィールを添えています。
コラム記事一覧
-
「オードブル」をめぐる探索、その途中経過(後編)
金水 敏 4. 宴会料理とオードブル オードブル1にたどり着くまでの道筋については、だいたい摑めたとして、ではオードブル2はどうか。これについて考えるためには、宴会料理に焦点を合わせる必要がある。 18世紀までは、フランス料理の歴史はまさしく宮廷晩餐(ばんさん)会の中で発展してきた。19世紀になって、中産階級が勃興してくると、民間主催の宴会や、また小規模な食事会なども開かれるようになって、フラ…
コラムを読む -
「オードブル」をめぐる探索、その途中経過(前編)
金水 敏 1. 留学生Aさんの困惑 「どうしてここに、オードブルが出てくるんですか。よく分からないんですけど」 こう発言したのは、中国から来ていた留学生のAさん。2021年某日、大阪大学大学院文学研究科の「国語学特殊研究」という演習型の授業の中のことである。その授業は、村上春樹『騎士団長殺し』を英訳本・中国語訳本と対比させながら読んでいくという内容のものであった。日本語の小説とその外国語訳を比べ…
コラムを読む -
木簡が教えてくれるいにしえの価値/鯛、鰯、鯖、鮫、鰹、鮑
渡辺 晃宏 木簡は食品名の宝庫といってよい。中でも顕著なのはさまざまな海産物である。山の幸よりも海の幸が豊富であるのは、それらの多くが海に面しない盆地にある大和の王権のもとに、各地から届けられた貢進物の荷札であることと無縁ではないだろう。 イワシは伊和志であり鰯でもある 木簡に見える海産物の表記には、今と全く同じ鰯、鯛、鯖などの漢字も登場する。しかし、そればかりではない。これらを、伊和志、多比…
コラムを読む -
アクセントを見える化する
加藤 大鶴 学生から『鬼滅の刃』に出てくる「猗窩座(あかざ)」というキャラクターのアクセントが人によって違うということが話題になっていると聞いてから、アクセントを扱う授業では「つかみ」として用いることが幾度かあった。「みなさん、あかざ(頭高型・①型)とあかざ(平板型・⓪型)、どちらのアクセントですか?」というやりとりは、それなりに学生を引きつける話題であったし、言葉を扱う教員ならすぐにイメージ…
コラムを読む -
明治以降に増えた新漢語「共_」をめぐる疑問
田中 牧郎 「新漢語」と呼ばれる「新しい漢語」 日本語の語彙は明治時代から突然増える。その多くは熟語(漢語)だ。明治以降に登場するものは、江戸時代より前の漢語と区別して「新漢語」と呼ばれることがある。ある漢字に注目すると、江戸時代以前にも多く使われていたが、新漢語で使われる機会がぐっと増えたものがある。 それはどのような字で、なにが理由なのか、ひもといていきたい。 「共(キョウ)」は明治…
コラムを読む -
逆の意味―訓点資料の世界―
山本 真吾 今からもう二十年くらい前になるでしょうか。勤務先の大学のキャンパスで、あるとき、「やばい、やばい」と騒ぐ学生たちの声が聞こえてきました。「授業に遅れそうなのかな」「ハチでも出たのかな」と様子をうかがってみたのですが、本人たちにはまったく緊迫した感じはなく、笑顔ではしゃいでいます。よく見ると手には大学近くのお店で売っている話題のスイーツをもち、それをほおばりながら「やばい」という言…
コラムを読む -
「へ」と「に」の微妙な関係
前田 直子 海外ではどのくらいの人が日本語を学んでいるのだろうか。外国語学習者数の指標は種々あるが、一例として外国語学習アプリDuolingoの利用者データ(2024年)を見てみよう。 1位 英語 2位 スペイン語 3位 フランス語 4位 ドイツ語 5位 日本語 6位 イタリア語 7位 韓国語 8位 中国語 9位 ポルトガル語 10位 ヒンディー語 ――「2024年版 Duolingo La…
コラムを読む -
関西方言の「イキル」と若者語の「イキる」
日高 水穂 関西方言に「イキル」という語がある。「アイツ ナニ イキットンネン(あいつ何イキッテルんだ)」のように使う。鼻につく、癇(かん)に障るものとして、関西人はことさらに「イキリ」に敏感なようなのだが、関西ネイティブではない私には、いまひとつピンとこないでいた。 牧村史陽編『大阪方言事典』(杉本書店、1955年)には、「勢が盛んになる。きほひ立つ。元気づく。」とあるのだが、どうもニュ…
コラムを読む -
「中抜け」の語の謎
近藤 泰弘 「あげつらう」という語がある。「日国」によると「物事の善悪、理非などを議論する。物事の是非をただす。また、ささいな非などをことさらに取り立てて言う」とある。ちょっと文語的な古風な表現ではあるが、特に最後の「ことさらに言う」という意味では現在でも普通に使われる語であると言っていい。試みにX(旧twitter)で検索してみても、「ことさらにあげつらう」「つまらんことをあげつらう」「あ…
コラムを読む
