第3回 前編
長い歴史の中で日本語はどのように変化し、どの時代にどのように使われてきたのか──。日本最大の国語辞典である『日本国語大辞典』は、「用例主義」に基づき、実際に使われた文例の形でその痕跡を積み重ねる言語の巨大な記録である。そして、この第三版の改訂作業において、辞書編集部全体を統括する室長を務めているのが、今回紹介する大野美和さんだ。
その日、小学館の辞書編集室を訪れた私は、彼女に「日国」の編集作業のリーダーを任されたときの気持ちを訊ねた。すると、大野さんの口からまず語られたのは少し意外な言葉だった。
「まさか、という思いでした」
彼女はそう言ってから、次のように続けたのだ。
「正直に言えば、最初に話が来たときは、『勘弁してもらえないかな……』っていう気持ちのほうが強かったんです。どう考えても大変な仕事だし、その時点ではまだ編集部にも坂倉さん一人しかいなかったですから」
大野さんが慎重にこう語った理由は、今から振り返ればよく分かる。これまで小学館の辞書編集部で長く辞書づくりに携わってきた彼女にとって、「日国」の改訂というプロジェクトはあまりに巨大なものであり、おいそれと立ち向かっていけるものではないことをよく知っていたからだ。
『日本国語大辞典』の第三版に求められることは、単なる「改訂」という言葉を超えた何かであるのは明らかだった。それに前版から約30年という歳月を経て、日本語や辞書出版を取り巻く環境も、研究手法も、社会のあり方も大きく変わっている。それら全てを踏まえた上で、日本語という言語の現在地を「用例」によって編み直す。それは時間も、人も、資金も、気の遠くなるほど必要な事業であった。
「人員はどうするのか、予算は十億円を超える規模になるけれど、事業が黒字になる見込みもほとんどないはず――」
学術的・社会的な価値がどれほど大きくても、出版ビジネスとしては「割に合わない仕事」であるという矛盾を、小学館という会社がどのように考えるか。それが大野さんの最初の偽らざる思いであったのだ。
だが、前回すでに描いた通り、第三版の企画は思いがけない方向に転がり始める。辞書編集を行う「kotoba」を設立した飯田さんの存在を背景に、KADOKAWAから転職してきた坂倉さんの書いた企画書の実現の可能性が高まっていったからである。
「ただ、そのときになってもまだ、私は坂倉さんに任せて、『日国』は“お手伝い”をするくらいのつもりだったんですよ。坂倉さんが企画書を書いた辞典ですし、自分で企画書を書いた本を編集したいという思いもありましたから」
しかし、坂倉さんが社内の上層部にプレゼンを重ね、小学館の役員たちからのゴーサインも出たことで、辞書編集部の中堅編集者である大野さんの立場は知らぬ間に大きく変わっていた。そして、ある日、飯田さんから彼女ははっきりとこう告げられたのだった。
「編集長になってほしい」
言葉は柔らかかったが、有無を言わさない雰囲気に気圧され、大野さんは「観念した」と今では笑う。
「正直、『え、私ですか?』とは思いました。だって私は、『日国』をやりたいと積極的に手を挙げたわけでもない。でも、『日国』の改訂にかかる時間の長さを考えれば、『いまこの部署で十年後も会社にいる可能性が高い人間は誰か』となったとき、まずは私しかいなかったのでしょうね」
だが、そう謙遜するように語るときの大野さんは、どこか楽しげでもあった。
「そのときに、はっきり思ったんです」
と、彼女は言った。
「ああ、これはもう逃げられない仕事になったな、って。辞書の世界にいれば、『日国』が特別な辞典だということは誰もが分かっています。研究者の人たちが真っ先に引く素晴らしい辞典。だから、『いつかは改訂しなきゃいけない辞典』ということは知っていました。まァ、それがどうして『私』なんだろう、という思いは今でもありますけどね」
では、『日国』の改訂作業のリーダーとなった当初、彼女はまずはどのような視点によってこの仕事を進めることにしたのか。
(つづく)

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