第16回「殿」と「様」は どちらが偉い?

 

手紙の宛名に用いられる敬称について、使い方に迷うという声をよく耳にします。特に、「佐々木殿」と「佐々木様」はどちらがより丁寧か? 「人事部長」のような役職名の後には「殿」を付けるべきか「様」を付けるべきか?  など、「殿」と「様」の違いについての疑問をもつ人が多いようです。
ここで、「殿」と「様」について、それぞれの言葉の歴史を見直してみましょう。
『日本国語大辞典 第二版』(小学館)を引くと、「殿」は元来地名などに付いて、その地にある邸宅の尊称として用いられていましたが、転じてそこに住む人のことを表すようになりました。やがて、手紙文などで人名や官職に付ける敬称として使われるようになりましたが、当初は関白などかなり身分の高い人に対して用いられていたようです。平安時代半ばの『源氏物語』にも「右大臣殿のきたのかたもわたり給へり」などの用例が見えます。その後、高貴な人に対してだけではなく、次第に一般的な敬称として用いられるようになったようです。
一方、「様」はもともと体言に付き、その方位の意を表していましたが、「殿」の敬意の低下にともなって、室町時代ごろから新たに高い敬意を表す敬称として使われるようになりました。江戸時代初めの日本語学書『ロドリゲス日本大文典』は、そのころに使われていた「殿」「様」「公」「老」の4種類の敬称を比較し、その敬意の順を示しています。それによれば、もっとも敬意の高いものは「様」で、以下「公」「殿」「老」の順であったそうです。最後の「老」は、かつては主に僧侶に対して用いられていた敬称で、のちに一般化し、年長の人の名前に付けて敬意を表すようになりましたが、現代では敬称としてはほとんど使われることがなくなりました。
時代は下って、現代では、「様」がもっとも一般的な敬称として用いられています。一方、「殿」は、先の『日本国語大辞典』にも「官庁などの公の場で用いるほか、書面などでの形式的なもの、または下位の者への軽い敬称として用いる」とあり、「様」よりも敬意の軽い語として位置づけられています。このため、現在、私的な手紙において特に目上の人に対してはほとんど「殿」を用いることはなくなりました。ただし、公用文においては古くから「殿」が使われてきたためか、図1のように現代でも「殿」を使う慣習が残っているようです。(図1参照)
さて、この「殿」と「様」ですが、かつては文字の略し方により、いくつかの種類があり、手紙の差出人と宛名の相手との関係、相手の身分の上下によって使い分けられていたのだそうです。江戸時代の『近小牘礼(きんしょうとくれい)』という書物にも字体の区別の一例が記されています。(図2参照)

【図1】 【図2】

ふだん何気なく使っている「様」と「殿」ですが、こうしてその歴史を改めて見直してみると、意外な発見もあり、使い方の違いもはっきりするものですね。

 

井上 明美
第16回「殿」と「様」は どちらが偉い?
2011-12-21

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