第12回「ご記入してください」をご確認ください
朝晩の気温がだいぶ下がり、そろそろ冬物の装いが気になる季節ですね。
先日、デパートの洋服売り場をのぞいていたところ、若い店員さんからこんな風に声をかけられました。
「お洋服はすべてご試着していただけます」
店員さんの言葉に違和感を覚えながらも、その後、品物を選んでレジへ並び、クレジットカードで支払いをしたところ、先ほどとは別の店員さんから、今度はこんな言葉をかけられました。
「こちらにサインをご記入してください」
上の2つの会話表現、どこか変ですね。いったいどこがおかしいのでしょうか。
2つの例は、「お(ご)~する」という言い方が自分側の謙譲語であるのに、それを相手の行為に対して使っているための誤用です。正しくは、「ご試着いただけます」「ご記入ください」、丁寧に言うとすれば、「ご試着(なさって)いただけます」「ご記入(なさって)いただけますか」などのようになります。
ただし、例外もあります。例えば、一番に敬意を表して高めるべき人物が先生であり、次に先輩がいるような場合です。
「今回の講演会では、鈴木先輩が講師の先生をご紹介してくださったのですか」
これは、まず「ご紹介する」という謙譲語で行為の向かう先である先生を一番に高め、次に「~くださる」という尊敬語で鈴木先輩のことも高めている用法で、両者をともに高めた言い方として正しい使い方です。このような言葉は、専門的には「二方面敬語」とも呼ばれます。
しかし、同じく一番に高めるべき相手が先生であるのに、「先生が鈴木先輩をご紹介してくださった」となりますと、これは適切でない言い方となります。先に述べたように「お(ご)~する」という言い方は、本来謙譲表現であるためです。
このような理由から、先の例文も「ご記入ください」「ご確認ください」が正しい言い方で、簡単に言いますと、「お(ご)~してください」「お(ご)~してくださる」「お(ご)~していただく」などはみな、「して」を取った形が正しい言い方です。
「お(ご)~する」は、非常に誤用の多い使い方なので、間違いやすい他の例も見直してみましょう。
言い換え例
誤「井上宛にお送りしてください」→ 正「井上宛にお送りください」
誤「どうぞご出席してください」→ 正「どうぞご出席ください」
誤「お足元にご注意してください」→ 正「お足元にご注意ください」
誤「部長にご助言していただいた」→ 正「部長にご助言いただいた」
誤「先生にご指導していただいた」→ 正「先生にご指導いただいた」
上の誤用例のような表現はいかがでしょうか? うっかり使ってしまっていたという方もあるかもしれません。よく耳にする言い回しですが、こうして比べてみると、左の例はいずれも誤りであることがわかります。
「無事に到着いたしましたので、どうぞご安心してください」などと言われても、何だか落ち着かず、安心もできないもの。だれに対しての言葉なのか、尊敬語と謙譲語を間違えないようにというのが、何より敬語遣いの基本ですね。