第11回 「恐竜王国福井」の誕生

2015年9月7日 山根一眞

世界に通用する新種恐竜がお出迎え

 北陸本線の福井駅でホームに降りると、誰もがびっくりする。
 ホームのベンチに、右手に分厚い本、左手には恐竜の頭骨を掲げた白衣姿の「恐竜博士」が座っているのだ。リアルなブロンズ像だが、こんなJR駅はない。
福井駅ホームのベンチで会った恐竜博士と山根。(写真・山根事務所)
 改札口をぬけて右手、西口駅前広場に出ると、今度は「がおーっ!」という声が響いてくる。
 恐竜が3頭、長い首を振りながら吠えているのだ。
福井駅前広場で来県者を出迎える恐竜たち。このパフォーマンスは今年、2015年3月に登場、12月まで見ることができる(北陸の冬は積雪が多いため厳寒期は撤去?)。(写真・山根一眞)
 その西口広場に面した駅舎の壁面には、縦10m、横45mという巨大サイズの恐竜の絵が描かれており、恐竜が飛び出してくるトリックアートもある。
 福井駅で来訪者を迎える恐竜はこれだけではない。「ジュラチック(Juratic)」と呼ぶ20頭からなる恐竜キャラ群があり、福井駅前でこの「ジュラチック」のキャラがベンチに座っていたりもする。この「ジュラチック」、恐竜の語源『恐ろしいトカゲ(「deinos+sauros)』とは雲泥の差の(?)「とってもかわいい」福井県の恐竜ブランドキャラなのだ。
 ま、以下をクリックして見て下さい。
 https://www.juratic.jp
 恐竜好きなら、福井駅に降り立っただけでわくわく、痙攣して倒れちゃうお出迎えなのです。
 「ジュラチック」はかわいすぎるキャラ、広場で長い首を振りながら吠える巨大恐竜もイベント風のつくりもの。いずれも観光客寄せのつくりものかと思うかもしれない。
 しかも3頭の巨大恐竜には、「フクイラプトル」「フクイサウルス」「フクイティタン」という福井キャラらしき名がつけられているので、ますますPR用に創った巨大キャラと疑われそうだが、どっこい、この3頭は世界に通用する名前を持っているのである。
 フクイラプトル・キタダニエンシス
 Fukuiraptor kitadaniensis, Azuma and Currie, 2000
 フクイサウルス・テトリエンシス
 Fukuisaurus tetoriensis, Kobayashi & Azuma, 2003
 フクイティタン・ニッポネンシス
 Fukuititan nipponensis, Azuma & Shibata, 2010

 

いずれも福井県で発見され「新種の恐竜」と認められて命名された正式な学名なのだ。

 その姿かたちは発見された化石をもとに復元したものなのである(学術的な正確さは若干?かもしれないが)。
 学名の最後の年代は命名年。つまり、たった10年の間に3種も新種の恐竜が福井県でデビューしたとはただごとではない。じつは2015年、つまり今年、新たに福井産の新種の恐竜が「コシサウルス」という学名を得ているのだが、新参者ゆえ駅前デューはまだだ(とても小型の恐竜ゆえかもしれないが)。
 コシサウルス・カツヤマ
 Koshisaurus katsuyama, Shibata, Azuma, 2015

 

 コシサウルスの「コシ」は福井県の旧地名「越前(えちぜん)」の「越」に由来する。「カツヤマ」は、この化石が発見された「福井県勝山市」を意味している。ちなみに「越=コシ」で有名なのは「コシヒカリ」。あの日本一のおコメは福井県で開発された品種ゆえにブランド名の頭に「コシ」がつけられたのだが、いつの間にか「コシヒカリ=新潟県魚沼産のコメ」になってしまったのはちょっと残念。
フクイラプトル(写真提供・福井県立恐竜博物館)
フクイサウルス(写真提供・福井県立恐竜博物館)
フクイティタン(写真提供・福井県立恐竜博物館/作画・山本匠)
上・コシサウルスの発見部位、下・コシサウルスの復元模型。(写真提供・福井県立恐竜博物館/模型・荒木一成)
 駅のホームに恐竜が座っていたり駅前広場で恐竜が長い首を振り吠えるようになったのは、北陸新幹線の開業と関係がある。
2015年3月14に開業した北陸新幹線(東京駅ホーム)。東京~金沢が最速で2時間28分で結ばれた。数多いトンネル内ではネット接続が切れるので「仕事にならない」というビジネスマンが多いが……。(写真・山根一眞)
 北陸新幹線の開通で北陸地方に多くの観光客が訪れる盛況が続いている。その中心は石川県の金沢市。古都京都に負けない日本の伝統文化と触れあえる魅力ある都市だけに、金沢人気は圧倒的。しかも金沢は北陸新幹線の「終着駅」。この先はまだ新幹線が通じていないので、福井に行くには乗り換えて北陸本線を利用するしかない。福井は金沢から在来線特急で40分ちょっとだが、足をのばしてくれる人は金沢にはおよばない。
 そこで福井県は、恐竜という福井ならではキャラで福井の魅力のアピールを開始した(に、違いない)。
 ちなみに福井駅はすでに新幹線に対応する駅舎やホームが整っており、今、その早期開通への動きが大きくなっている。開通の暁には、駅名が「恐竜福井」になる(と、いう話はないが)。

発掘し、調べ尽くし、公開する

集客役に駅前に動員された恐竜たちだが、この恐竜たちは福井県が総力をあげて大規模発掘を続けてきた「成果」。大きな学術的価値を持っているのだから、単なる客寄せの「ゆるキャラ」とは一線を画していることは知っておいてほしい。

ところで、「調べもの極意伝」でなぜ恐竜をとりあげるのか?
福井県が取り組んでいる恐竜プロジェクトが目指すのは、数十億年にわたる地球の歴史と生命史を空前の規模のフィールドワークをもとに徹底して解明、調べ尽くし、広く公開することにある。つまり、単にネットで調べて「わかった!」と納得するような今時の「調べもの」とはスケールが違う「調べもの」なのだ。
1980年代に私は、情報の仕事の教科書になるようにと、『情報の仕事術(全3巻)』を出版した(日本経済新聞社刊)。
「1・収集」「2・整理」「3・表現」という3巻の構成だが、これを恐竜に当てはめれば、
1・収集:恐竜化石の発掘や地質調査
2・整理:化石のクリーニングと発掘物の整理、分析
3・表現:論文発表やかつての姿の復元、そして博物館での一般公開、観光に貢献

となる。まさに究極の「調べもの」が進行しているのである。
そこで、ごくごくさわりだが、福井の恐竜の「調べもの」を紹介することにした次第です。
余談になるが、拙著『情報の仕事術(全3巻)』を1冊にまとめた中国語版が台湾で出版された。訳者は米国留学歴もある博士号を持つ研究者なのだが、それはじつに立派な「海賊版」でした。

『情報の仕事術』「1・収集」、「2・整理」、「3・表現」の各巻(1989年、日本経済新聞社刊)。山根が「仕事術」という言葉を創案、出版したのは1986年(『スーパー書斎の仕事術』)。以降、怒濤のごとく「仕事術」という名を冠した本が1000冊は出ています(溜息)。

さて、一般の方が「福井の恐竜」について知りたいと思ったら、まず向かうべき場所は福井県立恐竜博物館だ。

場所は、福井県勝山市村岡町。福井駅からはとっても「不便」な場所にある。
JR福井駅からえちぜん鉄道で約1時間、さらにバスで15分。JR越美北線のルートでも同様に時間がかかる。一番いいのはクルマ(レンタカー)だが、それでも福井駅から50分。
「どうしてそんな不便な場所なんだ?」と言う人がいるが、福井県立恐竜博物館は恐竜化石の大規模発掘が今も行われている場所のすぐそばに、その研究拠点として建設されたからなのだ。よって、来訪者にとっては、福井県立恐竜博物館を訪ねることは日本最大の恐竜発掘、研究の総本山を訪ねることを意味するのです。
そして、恐竜博物館に一歩足を踏み入れると、そのスケールに圧倒され、「こりゃ、2日や3日では時間が足りない」と呆然とするに違いない。



福井県立恐竜博物館の内部(中段中央は特別館長の東洋一氏)。(写真・山根一眞)

世界トップクラスの規模を誇る恐竜博物館であると同時に、ここは世界の恐竜研究の中心的な拠点でもある。特別展がある時には、世界の第一線の恐竜研究者による講演やシンポジウムも開催。私は、その海外の研究者のスピーチを聞きたいために飛んでいったこともある。
また、この博物館では開館から15年、発掘された恐竜化石を含む岩石の丹念なクリーニング作業を続けており、来館者はガラス越しにその緻密な作業を見ることもできる。


岩石に含まれる恐竜化石を時間をかけてきれいに取り出す「クリーニング作業」。(写真・山根一眞)

今年、やっと学名がついた「コシサウルス・カツヤマ」も、発見・発掘後、岩石から骨格などを取り出すクリーニング作業が数年間続けられてきたのだ。そうした現場に立ち会えるのが、福井県立恐竜博物館の魅力でもある。
恐竜博物館の来館者は年間70万人にのぼり100万人を目指しているが、一方で、これでもかこれでもかというほどの恐竜関連施設が続々と誕生している。
博物館が立地する勝山市にとっても恐竜は地域振興の要。恐竜博物館があるエリアを「かつやま恐竜の森」として整備。子供たちが楽しめる一大恐竜テーマパークになりつつあるのだ。
びっくりしたのが「かつやまディノパーク」だ。全長400mの森の中の曲がりくねった遊歩道を歩いていくと、森の中に置かれた原寸大の恐竜が人の接近をセンサーで感知し、首をもたげて「ぐぁおー!」と吠えるのだ。そのリアリティは抜群。愛犬同行も可能だが、恐竜をまのあたりにして固まってしまったワンちゃんもいたという。なにせ、全長20mのマメンチサウルスをはじめ次々に出てくる恐竜の数は24頭にのぼるのだ。
勝山市のNPO法人が運営を担っている超楽しい屋外施設だが、また行きたくなりました。



「かつやま恐竜の森」内にオープンした森の中の動く恐竜展示「かつやまディノパーク」。入場料は500円。(写真・山根一眞)

という福井県の恐竜だが、当初はこの福井の恐竜も恐竜博物館も知名度はそう高くなかった。
「福井県がやっている博物館? 北陸の山間部? それ、小さな展示場でしょ?」
と、受けとめられることが多かったからだ(今もそう思ってしまう人が少なくないが)。
そこで私は、2000年7月14日の開館を記念して開催された博覧会、「恐竜エキスポふくい2000」で応援団長を命じられたのを機に、以降、しばしば博物館を訪ねその魅力を広く伝えることに尽力してきた。
もっとも人生の後半になって恐竜に熱中するようになったのは、この博物館の開館数年前から現・特別館長の東洋一さんに福井の地層と恐竜について多々学ばせてもらってきたか影響が大きい(それによって少年時代の化石好きへの「先祖返り」をしてしまったのかも)。
一般の方々が福井の恐竜世界を実感できる場所は、博物館のエリアだけではない。

恐竜化石の発掘現場を見るサービスも用意されているのです。
<第11回了/恐竜シリーズはまだまだ続きます>

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