第96回 初ナスは高級品
秋の味覚が恋しい季節になった。秋の野菜といえば、秋ナスであろう。
現代では、野菜はスーパーマーケットなどで一年中売られていて、ナスも季節感を失った野菜のひとつになってしまったが、旬の季節にはたくさん並ぶ。
江戸時代も、秋ナスは美味とされていたようで、「秋ナスは嫁に食わすな」という諺(ことわざ)があり、秋ナスは味が良いので息子の嫁には食わすなと、舅(しゅうと)や姑(しゅうとめ)が嫁いびりするような解釈が一般的になっている。しかし、これはじつは嫁の体をいたわり、秋ナスは体を冷やすから子作りのためにはよろしくないとか、秋ナスは種が少ないことから子種の少ないことに通じて嫌われたという説もある。
ナスにまつわる諺は、ほかに「親の意見と茄子(ナスビ)の花は千に一つもむだはない」がある。咲いたナスの花は必ず受精して実をつけるように、親の意見もすべて子のためになるという意味である。たしかに、ナスは花が咲くとほとんど結実するが、この諺と裏腹に、親の意見に耳を傾けない風潮だと嘆くのはいつの時代も同じようである。
千年も前に中国から渡来し、江戸時代にはもっともポピュラーな野菜になっていたナスだから、この諺はかなり昔から言い古されていたのではないかと考えたいが、文献では、幕末頃に成立した写本『世俗俚諺集(せぞくりげんしゅう)』に見えるのが早い。
幕末の天保年間(1830~44)には、ナスは野菜の「初物(はつもの)」の代表格になていった。「初物七十五日」、初物を食べると75日長生きできると言われていたから、江戸っ子たちは初物にフィーバーした。
「初鰹(はつがつお)」が珍重されていたことは有名である。安永・天明年間(1772~89)では、初鰹は2両2分もする高級品であったが、それから半世紀後の天保年間頃には、目の下1尺4~5寸(約42.5~45センチメートル)の初鰹でも金2分(1両の2分1)程度に下落していた。そのかわりに、野菜の初物は高価を呼び、料理屋では季節に先がけた初物料理が看板になった。
初物は少しでも早いほど高値で売れるから、江戸時代には野菜の促成栽培も工夫をこらして行われていたようだ。
雨障子(あましょうじ。紙に油を引いて雨を防いだ障子戸)で囲ったり、あるいは室内に炭火を焚(た)いて暖めて野菜を栽培する、いまで言えばビニルハウスのようにして促成栽培されたナスが売られていた。ほかにキュウリやインゲン、大角豆(ささげ)なども「萌(も)やし物」と称して、季節に先んじて売られていた。
初ナスを高く売っていたのは幕末と限らず、元禄年間頃(1688~1704)もおなじであったようで、そのことが井原西鶴(いはらさいかく)の浮世草子(うきよぞうし)『日本永代蔵(にほんえいたいぐら)』(「世界の貸屋大将」)に見える。
大坂で徹底的なケチとして名が通っていた藤市(ふじいち)という男がいて、彼が商売をやっている店の前に、初ナスを1つで2文、2つを3文で売る八百屋がやって来た。すると迷うことなく、1つで2文のほうを買った。
ケチな人だけでなく、たいがいの人は割安で得になるから、3文で2つのほうを選んで買うであろう。でも、ケチで名だたる藤市は2文を出して1つだけ買って、こう言ったという。「あとの1文で盛りの時期になれば、大きなナスが1つ買えて得だ」。ケチに徹した男の話である。
実利をとる大坂と、ミエを張りがちな江戸、現代でも通じるような話である。
(お知らせ)
本コラムの執筆者・棚橋正博先生が出演されるNHKカルチャーラジオ『弥次さん喜多さんの見た東海道』が10月1日(木)から始まります。全13回。NHKラジオ第2放送、毎週木曜日午後8:30~9:00。再放送は金曜日午前10:00~10:30です。
野菜を擬人化した十返舎一九(じっぺんしゃいっく)作画の黄表紙(きびょうし)『諺東捕寨掌(ことわざかぼちゃのつる)』(寛政10年〈1798〉刊)より。唐茄子(とうなす)と白瓜(しろうり)夫婦にナスの赤ちゃんが生まれた。お兄ちゃんは白瓜。頭に登場人物の役柄の野菜が描かれているのが面白い。
井原西鶴…1642~93。江戸前期の浮世草子作者・俳人。大坂の人。俳諧では矢数俳諧を得意として世間を仰天させた。庶民の生活を写実的に生き生きと描いた浮世草子の名作を多数書き、『好色一代男』『好色五人女』などの好色ものや、経済小説とも言える『日本永代蔵』『世間胸算用(せけんむねさんよう)』などで知られる。