共通語な方言
第32回 小学校の号令は実に様々
「起立!礼!着席!」。大学ではほとんど聞かれなくなったが、授業を始める前のお馴染みの号令。号令たるもの全国共通に違いないと思いきや、群馬や宮城では、「起立!注目!礼!」と言うのだ。この「注目」、「気をつけ!」にあたる意味で使われているようだ。
さらに沖縄では、「正座!礼!」という号令で授業が開始される。と言っても、机や椅子の上にきちんと膝を折って座り直すわけではない。この「正座」、文字通り「姿勢を正しく座りなさい」、つまり「気をつけ」にあたる意味で使われている。
沖縄の学校では号令の際に起立しない習慣のようだ。琉球方言圏に位置する鹿児島県奄美大島の学校も同様だ。ちなみに共通語の「正座」、つまり「膝を折って座る」ことは、沖縄では「ひざまづき」と言っている。
さらに体育の時間になると、全体の統制をとるために号令は自ずと多くなる。
小学生のころは運動会が一大イベント。全校練習と称し、かなりの授業時間が運動会の準備に充てられていた記憶がある。夏休みが終わると、運動場には号令が響き渡っていたものだ。「ぜんたぁーい、止まれ!」。さすがに車でなくても急には止まれないので、さらに「イチ、ニ!」と号令は続く。
実は、この号令までもが地域によってバラバラというから驚きだ。
福岡では、「ぜんたぁーい、止まれ!イチ、ニ、サンシ、ゴ!」と脚の動きに合わせて掛け声をかけて止まる。慣れないと二、三歩前に出てしまいそうだ。しかし県内でもバラつきがあるようで、行進のときと駆け足のときでは違うというところまである。
埼玉では「ぜんたぁーい、止まれ!イチ、ニ、サン!」。しかし、隣町の学校に転校したら「イチ、ニ!」だったので、一人だけタイミングが合わずに恥ずかしい思いをしたという埼玉出身の学生もいる。やはりバラバラ。
全国の小学生を集めた体育大会などを催したら、統制をとるための号令によってかえって全体のまとまりがつかなくなってしまうような気がしてならない。
ところで、福岡にはおもしろい習慣がある。体育の時間などで、「立て!」と号令がかかると、生徒は「やーっ!」という掛け声とともに立ち上がるのだ。もしも、「あしたのジョー」の矢吹丈が福岡出身だったら?「立つんだ!」と言われ、思わず「やーっ!」と反応してしまうのかもしれない、などとつまらぬオチを考えてしまった。
プロフィール
篠崎晃一(しのざきこういち)
1957年、千葉県生まれ。東京女子大学教授。 専門は方言学、社会言語学。方言調査の傍ら、各地の美味いモノ、美味い酒を供する居酒屋を探索することも楽しみとしている。『アレ何?大事典』『日本語でなまらナイト』『ウソ読みで引ける難読語辞典』『アルファベット略語便利辞典』『ことばの えじてん』(以上、小学館)等の監修の他、『例解新国語辞典』(三省堂)編修幹事。方言関連の専門書以外に、毎日新聞社との共著『出身地(イナカ)がわかる!気づかない方言』(毎日新聞社)等がある。
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