第29回「部長、そろそろ参りましょうか?」は○?×?
前回、「祝電が参っております」という例を挙げて、「参る」の使い方について考えてみました。今回は同じ「参る」の用法で次のような表現について取りあげてみましょう。
目上の相手を誘って一緒に出かけるような場面で、相手の行動を促す時に、次のような言い方をよく耳にすることがあります。
「部長、そろそろ参りましょうか」
さて、この言い方は正しいのでしょうか?「~(し)ましょうか」と相手の意向を尋ねる形で相手への配慮が伺え丁寧に聞こえますが、厳しく言えばこれも誤りとされています。
ではなぜ誤りとされるのか、それは「参る」の使い方に問題があります。「参る」のもつ意味を詳しく見てみましょう。
1「明日、母のところへ参ります」
2「明日は、出張で名古屋に参ります」
「参る」は、「行く」「来る」の「謙譲語Ⅱ(丁重語)」ですから、上記の1,2はどちらも正しい言い方です。1の場合、自分の母のところに行くのだから自分側について敬語を使っているのではないかと迷う人もあるようですが誤用ではありません。この1,2は、主語(自分)を低めて、話の聞き手に対して「行く」ということを丁重に述べているものです。そのため、「参る」は「丁重語」と呼ばれます。
「参る」にはこのような使い方のほか、主語を低める性質がなくなって単に聞き手に対し丁重に述べるだけの用例もあります。「日増しに寒くなってまいりました」「2番ホームに電車が参ります」などの例がそうですね。これは気候や電車のことについて言っているので、主語を低める必要はなく、単に丁重に述べている用法です。
いずれにしても主語になる部分は、高める必要のない人物・事柄でなくてはいけません。ですから、先の例のように、同行する自分についてだけでなく、本来高めるべき相手を主語として含んでいるにも関わらず、「部長、そろそろ参りましょうか」と「参る」を使うのは誤った表現なのです。
では、このような場合どのような言い方が好ましいのでしょうか。一番間違いのない言い方としては、自分と部長の動作をまとめて表すのではなく、下記のように、別々に分けて考え、部長を主語として言うといいようです。
「部長、そろそろいらっしゃいますか?」
「部長、そろそろお出かけになりますか?」
似たような場合としては、たとえば、目上の人と食事をする際、「(料理が)冷めないうちにいただきましょう」などと、相手に向かって言うのも間違った使い方です。このようなときも、自分と相手を分けて考え、相手だけを主語にして、「冷めないうちに召し上がってください」と言うのが正しい言い方です。
今挙げてきた例のように、どの場面でも相手と自分の行動を分けて表現できるなら困らないのですが、ときには「~に行きましょう」「~しましょう」というように、目上の人を誘うような場合も実際にはあるものです。ではそのような場面ではどんな言い方が適切か言い換え例を次に挙げてみましょう。
「先生、今度△△に行きましょう」
(言い換え例)
×「先生、今度△△に参りましょう」
○「先生、もしよろしければ今度△△へお出かけになりませんか」
○「先生、もしよろしければ今度△△はいかがでしょうか」
○「先生、今度△△へご一緒させてください」
○「先生、今度△△にご一緒させていただけますか」
○「先生、今度△△にお供させてください」 など。
「先生、今度△△をしましょう」
(言い換え例)
×「先生、今度△△をいたしましょう」
○「先生、もしよろしければ(ご興味がおありになれば)
△△などいかがですか」
○「先生、今度ご一緒に△△をさせてください」
○「先生、今度ご一緒に△△をさせていただけますか」 など。
目上の相手を誘うとは言っても、親しい友人や知人、先輩などの場合は、「行きましょうか」「参りましょうか」などの表現を使う場合もあるかと思いますが、通常は、相手の行動として尊敬語を使って表現するか、「ご一緒する」「お供する」のような表現を用いるのが好ましいでしょう。敬語を使う場面もさまざまですが、だれの行動を表すのかを考えて、よりふさわしい表現を使うよう考えることも大切なマナーでしょう。