第27回 意味の似た言葉・響きの似た言葉――「失笑」「苦笑」「口先」「舌先」
文化庁が毎年行っている、『国語に関する世論調査』の平成23年度の調査結果が、先日、新聞各紙で発表になりました。これは、16歳以上の男女を対象に、言葉遣いや言葉の意味、表記、慣用句の使い方などについての質問に答えてもらうという形式で、個別に面接調査を実施したものです。
では、その調査結果の一部を見てみましょう。
●言葉の意味を問う問題(どちらの意味で使うか、という質問)
失笑する 例文:彼の行為を見て失笑した
(ア)こらえ切れず吹き出して笑う
(イ)笑いも出ないくらいあきれる
正しい意味は、(ア)の「こらえ切れず吹き出して笑う」です。しかし、「笑いも出ないくらいあきれる」と誤答した人の割合が、以下のように回答者全体の60.4%を占め、半数以上の人が間違った使い方をしているとの結果が出ました。
(ア)こらえ切れず吹き出して笑う・・・・・・・・・27.7%
(イ)笑いも出ないくらいあきれる・・・・・・・・・60.4%
(ア)と(イ)の両方 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2.7%
(ア)、(イ)とは全く別の意味 ・・・・・・・・・・・・・4.1%
分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5.2%
※太字の言葉が正解
では、なぜこのような誤用が生じるのかを考えてみましょう。
「失笑する」と似た言葉に「苦笑する」という語がありますが、これとの混同もあるのかもしれません。「苦笑する」は「にが笑い」の意味で、笑いも出ないくらいあきれる意ではありませんが、笑いや表情があまり表に出ないというような点ではやや似ています。
あるいは「失」という漢字の意味から、「笑いを失う」→「笑いも出ないくらい」と解釈してしまうのかもしれません。しかし、「失」の付く漢字には、失う、なくなる、忘れるという意味だけではなく、うっかりする、思わず出てしまうというような意があります。「失言」「失念」「失態」などがその例でしょう。「失念」は、忘れるという意味をもちますが、自分ではそのつもりがなくてもついうっかりして、というニュアンスで使われ、「失」の意味は「失笑」と近いものがあります。
もうひとつ、「国語に関する世論調査」の調査結果を取り上げてみましょう。
●慣用句に関する問題(どちらの言い方を使うか、という質問)
「本心でない上辺だけの巧みな言葉」のことを
(a)口先三寸
(b)舌先三寸
正解は(b)の「舌先三寸」です。ところが、この問題についても、すべての年代で、本来の言い方ではない(a)「口先三寸」を使うと答えた人の割合が、(b)の「舌先三寸」を上回っていました。
(a)口先三寸・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56.7%
(b)舌先三寸 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23.3%
(a)と(b)の両方とも使う ・・・・・・・・・・・・・・ 4.4%
(a)と(b)のどちらも使わない・・・・・・・・・・・12.5%
分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3.0%
※太字の言葉が正解
この問題では、年代が上がるにつれて(a)の誤答の割合が高くなり、本来の言い方とされる(b)「舌先三寸」を使うと答えた人の割合は、すべての年代を通じて2割台にとどまっているというような結果が見られました。
「舌」という字からは、「味覚」や「食べ物」を連想してしまい、「言葉」というと「口」のほうが結びつきが強いと感じてしまうためでしょうか。まごころのこもらない言葉の意で、「口先だけの約束」などという言い方もありますが、このような表現との混同もあるのかもしれません。
確かに、食べ物に関する慣用句で、「舌」の付く言葉には、「舌が肥える」「舌鼓を打つ」が思い浮かびますが、「舌」にはしゃべることや言葉づかいなどに関する慣用句の例も実はたくさんあります。たとえば、「舌が回る」「舌がもつれる」「舌の根の乾かぬうちに」「筆舌に尽くしがたい」「舌頭(話しぶりの意)」「饒舌(よくしゃべる意)」などです。「舌先三寸」もこの類ですね。
「口」「言葉」に関する誤用として、もうひとつ取り上げてみましょう。
同じように、間違えやすい言葉に「口を濁す」があります。
正しくは「言葉を濁す」です。都合が悪いことをあいまいに言う意で使われますが、意味の似ている「口を閉ざす」(=沈黙する)などがあることと、言葉は口から発せられるものという点で、このような誤用が生じてしまうのでしょう。ほかにも「口」が「言葉」を表す語は以下のように、たくさんあります。
口が悪い、口が過ぎる、口が多い、口を出す、口をはさむ、口を叩く、
口を切る、口がうまい、口が軽い、口が重い、口が堅い、口下手…など。
どれも、「口」が言葉、言葉づかい、しゃべることを意味している表現です。
このように、意味の似た言葉、耳で聞いて音の響きが似た言葉などは、誤用が起こりやすいものです。誤用について考えるついでに、このような似た言葉を探してみるのもおもしろく、語彙を増やすことにも役立つことでしょう。