第20回「こだわり」の数々
食欲の秋と言いますが、春ならではの採れたての野菜や山菜などもまた食欲をそそるものでしょう。テレビを見ておりますと、グルメ番組には必ずといっていいほど次のようなフレーズが登場します。
「こだわりの食材を使った、こだわりのメニューの数々…」
「今日はシェフこだわりの○○料理のお店におじゃましました!」
この「こだわり(の)~」という言い方は、料理関連に限ったものでもないようです。インターネットなどを覗いても、こだわり亭、こだわり屋、こだわり家、こだわりや本舗、こだわり館、こだわりの宿、こだわりサロン、こだわり市場、こだわり便、こだわりショッピング、こだわり栽培、こだわり風景、こだわりの物件、こだわりの転職…など、例を挙げればきりがないほど、あらゆる方面でひっぱりだこの様子です。意味としては、「こだわりの食材」ように、「材料などをよく吟味すること」という意にとどまらず、腕の良さや心構えまでに及んでいるような感じが見受けられます。言うなれば、追求心や不屈の精神といった良い意味での意気込みを表すような場面で使われているのでしょう。
では、この「こだわり」は、そもそもどのような意味をもつ言葉なのでしょう。辞書で「こだわり」の動詞形「こだわる」を引いてみると、次のように記されています。
【こだわる】
①すらすらと行かないで、ひっかかったりつかえたりする。
②気にしなくてもいいようなことが心にかかる。気持がとらわれる。拘泥する。
③故障をいいたてる。わずかのことに理屈をつけて文句をいう。なんくせをいう。
こだわりをつける。
④(②から転じて)ある物事に強く執着して、そのことだけは譲れないという気持
を持つ。「本物の味にこだわる」
(小学館『日本国語大辞典 第二版』より)
このように「こだわる」とは、本来は、つまらないことに気持ちがとらわれてそのことに必要以上に気をつかう、拘泥する という意味でした。ですから、もともとは「昔のことにこだわってばかりいる」「そんなことにこだわってばかりいないで」というように、良くない意味で使われる言葉だったのです。それがいつからか、辞書の④にあるようなプラスの意味で使われるようになったようです。冒頭の例も、まさにその例ですね。つまらないことに気をつかうのではなく、細かなことにまで気をつかって吟味する、という意なのでしょう。本来はマイナスの良くない意味をもつ言葉であったものが、プラスの意味で使われるようになった珍しい例ですね。
確かに、「こだわりの○○」と言うだけで、他とは違う価値をもっているという印象を与えることができ、便利な言葉ではあるのかもしれません。しかし、たとえば、その人が何年も時間をかけてたどり着いたものを表現したいのならば、いつでも「こだわり」ばかりでは、安直な表現に聞こえることもあるものです。また、本来の意味を知る人から見れば、不自然で不快な言葉に感じることもあるでしょう。
そのような誤解を招かないためには、ときには別な言葉を探す、もっと適切な言葉に言い換えるなどの工夫も大切です。言い換え例としては、次のような言葉があります。
●相手のもてなしや心、他にはない良さなどを表す言葉
・こだわりのもてなし
→(真心こめた・心をこめた・丹精こめた・心づくしの)もてなし
・こだわりの一品
→(心づかいの・気くばりの・思いあふれる・工夫をこらした・アイディア
あふれる)一品
・こだわりの心くばり
→(懇切丁寧な・隅々まで行き届いた)心くばり
・こだわりの品
→(吟味を重ねた・選りすぐりの・選び抜かれた)品
●物事に屈しない強い精神を表す言葉
・こだわりの作品
→(渾身の・意気込みを感じる・心血を注いだ・寝食を忘れて取り組んだ)作品
・こだわりをもった人
→(成し遂げる気概をもった・気骨のある・不屈の精神で立ち向かう・
信念を貫く)人
・こだわりの心
→(一途な・ひたむきな・ひとすじに~し続ける)心
その他、よく聞く、「究極」「巨匠」「巧」「賢人」などの言葉についても同じようなことが言えるのかもしれません。人を評価したり褒めたりする言葉は、ひとつ間違えれば過剰で通りいっぺんな表現になってしまったりする難しさはあるでしょう。しかし、相手の心づかいをありがたく感じたり感銘を受けたりした思いを、ときには自分の言葉で表現する。そのような工夫をすることは、相手に自分の思いをきちんと伝えることにもなりますし、自分自身の語彙を豊かにすることにもつながるのではないでしょうか。