第10回「させていただきます」 1

 最近、ある政治家が記者会見の場で次のような発言をしているのを耳にしました。

 「大臣を辞任したいという申し出をさせていただき、総理のほうから受理をしていただいたところでございます」

 この中で使われている「(さ)せていただく」という表現は以前からしばしば問題にされています。問題視される理由はさまざまあるようですが、「(さ)せていただく」が昨今あまりにも過剰に使われているという状況にも原因があるものと思われます。実際にどのように使われているのか、例を挙げてみましょう。

   「今回の展示で特に力を入れさせていただきましたのは」
   「昨年よりあらたに活動させていただいております」
   「皆様からのお言葉、重く受け止めさせていただきます」
   「私なりに結論を出させていただきました
   「努力させていただく所存でございます」
   「まずは状況を見まして判断させていただきます
   「このたび結婚させていただきました

 という具合に、例を挙げれば枚挙にいとまがないほどです。 いずれも使う側の心情としては、感謝や恐縮の気持ちからの言葉だと思われますが、場面によっては、何も頼んだ覚えはないのにと、相手に慇懃(いんぎん)無礼な感じや耳障りな印象を与えたりすることもあるので注意が必要です。
 もともと「(さ)せていただく」は、「する(させてもらう)」の意の謙譲語です。
ですから、次のような言い方であれば適切でしょう。
   
  相手「新刊の載っているカタログを送っていただけますか」
      自分「お問い合わせいただきました新刊のカタログを送らせていただきます
   
  相手「楽しい会なので、あなたもぜひいらっしゃい」
      自分「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて出席させていただきます

 1の例は、相手から「送ってもらいたい」と言われて「それでは、送らせていただきます」と言っているわけですから、これは相手からの依頼があり、許可を得て、「そうさせてもらう」という意で「させていただく」を使っている例です。
 2の例は、相手から「いらっしゃい(=出席してください)」と言われて「出席させていただきます」と言っているのですから、これは相手から厚意や恩恵を受けて、「そうさせてもらう」という意で「させていただく」と使っている例です。
 このように「させていただく」というのは、相手の依頼や許可を得て「(そう)させてもらう」場合と、相手の厚意や恩恵を得て「(そう)させてもらう」というような場面で使われる表現です。ですから、相手から依頼を受けたわけでもなく、何ら許可も必要としない、そして直接相手から厚意や恩恵を受けたわけでもないような場面で使いますと、慇懃無礼であったり不自然さを与えたりしかねない不快な表現になってしまいます。
 例文の中の「(さ)せていただく」も、許容度の違いや感じ方の個人差によって許容と考えられるものもあるかもしれませんが、「力を入れさせていただきましたのは」「結婚させていただきました」などは「力を入れましたのは」「力を入れた点は」「結婚いたしました」で十分用が足りるとも言えるでしょう。仕事の関係者や結婚相手の家族に言うのならばわかりますが、許可を得なければならない相手でもなく、相手に直接関係がないような事柄の場合には、言われた側が違和感をもつ場合も多いものです。
 このように、日ごろ使われる頻度の高い「させていただく」ですが、こちらの敬意を伝えるためには、相手や場面を考え、濫用は控えて適切に使いたいものですね。

第10回「させていただきます」 1




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