第 5回「するめ」と「あたりめ」
6月といえば、「ジューンブライド」。ローマ神話で結婚の女神Junoの月とされ、この月に結婚する女性は幸せになるという言い伝えがあるとか。日本はちょうど梅雨の季節に当たりますが、「ジューンブライド」にあやかって結婚式を挙げるカップルも多いそうです。ところで、この結婚式の場で使ってはいけない言葉があるというのはよく言われることですが、いったいどんな言葉があるのでしょうか。
以前、親戚の結婚式に出席したとき、控え室で本番前のリハーサルのようなことが行われ、その場に立ち会ったことがありました。式の流れについて一通りの確認が済み、新婦が別室に移動する際、式場の係員が新婦に対して、「こちらの控え室はもうお使いになりませんので、お荷物はすべてお持ちください」と言うのを耳にしました。普通ならば「こちらの控え室にはもうお戻りになりませんので」とでも言うはずのところを「使わない」と表現したのはなぜかな?と思い、これは「戻る」という言葉を避けて別の言葉を使ったのだと気付きました。「戻る」は、花嫁が婚家から実家に戻ること(離縁)を連想させるためなのでしょう。ほかにも披露宴で司会者が、「冷めないうちに」と言わず「温かいうちにお召し上がりください」と言ったり、「終わる」「閉じる(閉会する)」を使わず「これにてお開きにさせていただきます」と言ったりすることがありますが、これも「戻る」に同じく、新郎新婦の縁が切れてしまうことを連想させるため、ほかの言葉に言い換えられている例ですね。
このように、お祝いやお悔やみの場面など、ある特別の場で避けられる言葉のことを「忌み言葉」と言います。百科事典で調べると、「忌み言葉」とは、「災いの降りかかるのを恐れて口にしないことば。また、その避けていわないことばのかわりとして用いることば」(小学館『日本大百科全書』)とあります。古くは奈良時代の文献などにも記録が残っており、そのいわれは、日本で信じられてきた「言霊(ことだま)」思想に源があるとのこと。「言霊」とは、言葉に宿る神秘的な力や霊力という意味で、縁起のよい言葉は幸せを呼び、逆に不吉な事柄を意味する言葉は不幸を呼ぶと考えられてきました。そのため、不吉であったり縁起が良くなかったりする言葉は口にしないよう避けるという風習が広まったといわれています。
結婚式などの慶事だけでなく弔事の場にも忌み言葉があります。各場面での代表的な例を次に挙げてみましょう。
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■結婚式
〈別れを連想させる言葉〉
別れる、離れる、終わる、壊れる、破れる、飽きる、切れる、出る、去る、
帰る、戻る、割れる、冷える など
〈重ね言葉〉
重ね重ね、返す返す、再び、重々、再度、再三、再三再四 など
■新築祝い
〈火事を連想させる言葉〉
火、煙、赤、焼ける、燃える など
〈その他〉
倒れる、壊れる、潰れる、流れる、傾く など
■懐妊・出産祝い
〈流産などを連想させる言葉〉
流れる、落ちる、失う、消える、枯れる、敗れる など
■葬儀・災害見舞い
〈不幸が繰り返すことを連想させる言葉〉
たびたび、重ね重ね、再び、再度、再三再四、返す返すも など
〈悪いことを連想させる言葉〉
とんだこと、とんでもない など
〈言葉の音の響きがよくない言葉〉
四(死)、九(苦)など
〈直接的に死を表す言葉〉
死ぬ、死亡(→逝去、他界、永眠、旅立つ などほかの言葉に言い換えます)
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その他、日常生活でも、悪い意味に通じたり、悪いことを連想させたりするのを嫌って、ほかの言葉に言い換える例が見られます。たとえば、「する」がすり減らす、なくすに通じることを嫌って、「するめ」を「あたりめ」というような例です。やや俗っぽい感じもありますが、市販のおつまみの袋などにも「あたりめ」と書いてあったりするのをよく見かけます。ほかにも、「すり鉢」→「あたり鉢」、「すりこぎ」→「あたり棒」、「墨をする」→「墨をあたる」、「すずり箱」→「あたり箱」、「髭(ひげ)をする」→「髭をあたる」などの例もあるようです。「あたり鉢」など、最近、家庭ではあまり聞かれなくなった言葉もありますが、飲食業などを営む場などでは今も使われることがあると聞きます。
現代では、忌み言葉をあまり気にしないという人もあるようですが、その一方で、やはり言葉の力というものを信じ、縁起が悪いのはできるだけ避けたいと考える人もあります。感じ方には個人差があり、とらわれすぎたり、押しつけたりするというものではないと思いますが、「忌み言葉」のいわれや意味について理解する姿勢は必要でしょう。それと同時に、相手の気分を害することのないように、気持ちを慮(おもんぱか)って言葉を選ぶという心は大切にしたいものですね。