第 2回 先生、だいてくれるんですか?
とある女子大の昼休み。中庭を歩く教授に向かって「先生、一緒にランチしましょう!」と声をかける学生のグループ。「いいよ、ペーパーバンで食べようか」と応じる教授に甘えた口調で「先生、だいてくれるんですか?」とおねだりする学生。思わず「じゃ今日は特別だぞ」とにっこり微笑む教授。はたから見ればとてもとても教授と学生の尋常なやり取りとは思えない。「やれセクハラだ」「いやあうらやましい」などとやじ馬の声が飛びそうな光景だ。しかしここは小学館のWeb上。官能的なコラムの始まりというわけにはいくまい。
実はこの“不規則発言”の学生の出身地は富山。種を明かせば富山では「おごってくれる」ことを「だいてくれる」というのだ。「(お金を)出してくれる」が変化した形なのである。共通語では本来、サ行に活用する動詞が「~て」「~た」に続く時には「出して」「指した」のようになる。ところが西日本の広い範囲では「指いた」「出いた」となるのだ。カ行に活用する「書く」が「書いた」となるイ音便と呼ばれる現象がサ行にも起こっているというわけだ。密やかな展開を期待した諸氏になんとも消化不良の結末になってしまったかもしれない。
富山では上司の「今夜はだいてやるぞ」との誘いにOLばかりか男性社員も大喜びするのである。
出身地が異なるだけでとんだ誤解を生じかねない、似たような例は他の地域でも見られる。場所は変わって広島県の電車内。若い女性の隣りに座る中年男性がさかんに「ええがにいかん、ええがにいかん」とつぶやいている。いい歳して車内で映画に誘うとは大胆なナンパだと感心(いや心配)しながら眺めていると、当の女性は全くの知らん顔。それでもつぶやきつづける中年男性。よくよく見ると隣に向かってではなく携帯ゲーム機の画面に向かってつぶやいているではないか。どうもゲームがうまい具合にいかないらしい。そう「ええがにいかん」は「映画に行かん」ではなく、「いい具合にいかない」が「ええぐあいにいかん」→「ええがにいかん」と変化していった形なのである。地元の女性でひと安心、もし隣に県外からの観光客が座っていたらどんな展開になったのだろうか。