第3回 図書館で語った「図書館」

2015年4月6日 山根一眞

「字」の由来から本質がわかる

 この「調べもの極意伝」の連載は日比谷公園のブロンズ像と「東京ホテル」の謎解きから始まったが、それは東京都千代田区立日比谷図書文化館が開催する「日比谷カレッジ」での講演に向かう途上で目に止まった「謎」だった。
三角形の建物である東京都千代田区立日比谷図書文化館。写真・山根一眞
 本来の目的である「日比谷カレッジ」での講演のテーマ「『知』のパラダイス=図書館は空想と創造の生産工場」で、まず「図書館」の字源を披露したのだが、今回、さらにしつっこく調べたので、その経緯を紹介します。
 「図書館」とは何か?
 こういう問に直面した時に私がまず手がけることは、これらの文字の語源を辿ることだ。私たちは、その由来がわからないまま使っている「字」が多くある。それを調べることで「字」の深い意味が理解でき、「そうだったのか!」と膝を叩くことが多い。
「図書館」は、「図」「書」「館」の3文字からなる。
 単に本がたくさんあって読む施設、というだけでは「図書館」とは何かがわかったことにはならないはずと思い、まず「図」から調べてみた。
 長いこと、まず紐解くのは、愛用の『大字典』(編纂・上田萬年ほか、啓成社刊)と決まっていた。なにせ、オンラインで膨大な辞書、字典が簡単に検索、閲覧できる「ジャパンナレッジ」(編注:連載第2回参照)のような幸せに満ちた手段がなかったのだから……。
 『大字典』の初版は1917年(大正6年)。昭和3年に「昭和新版」が出て、昭和40年に「普及版」を発行。戦後、講談社が復刻版を出し、1993年には『新大字典・特装版』(講談社刊)も登場というじつに息の長い辞書だ。
 漢和辞典ではあるが、「8889・綵」というように全ての漢字に独自のコード番号がつけられている点、この字典ならではの各ページのインデックス構造に工夫があるなどとても使いやすいのが特徴。2万字以上の「字源」についての記述も詳しいのがありがたい。
 私は、たぶん20代の頃に戦前版を購入。使い続けてやがてページがバラバラになってしまった。買い直すことはできたが、この戦前版への愛着が深かったため、本の修復・保存技術をもつ「リルユール」の専門家に完全修復してもらったほどなのだ(1983年・昭和58年発行の講談社版も購入したが)。
 「図」は「圖」の略字なので『大字典』で「圖」を調べてみたところ、意味が異なるいくつかの字から成ることがわかった。
「圖」の項目の冒頭部分。出典:『大字典』(1983年、講談社刊)
 漢字の多くは、「つくり」や「へん」など、意味が異なる要素が合体してより複雑な意味をもつ字が作られてきた。たとえば、「山」「上」「下」という3つの漢字をひとつにしたのが「峠」。これで、「山」の「上」と「下」の間に位置するのが「峠」というように。たった1文字にこれだけの意味を込めてしまうところが漢字の凄いところで、アルファベットではあり得ない深い文化と思う。
 「圖」について、『大字典』のあちこちのページをひっくり返しながらこの字を構成しているそれぞれの字のルーツをたどり、図にまとめたのが以下です。
 
「圖」を構成する字とその語源。「小篆」(しょうてん)は、秦の始皇帝の時代に丞相(じょうしょう・紀元前200年代、古代中国の国務大臣)李斯(りし)が創始とされる。周の宣王(紀元前800年頃)の時代に史籀(しちゅう)が創作した「大篆」(だいてん)を省略・整頓し筆写に便利にした。のち、さらに簡易な「隷書」「楷書」が作られてからは、碑銘や印章などの字体に用いられている。秦篆(しんてん)とも呼ぶ。(『日本国語大辞典』などによる) 作図、作字・山根一眞 麦(穀物)を蔵(おさ)めた倉庫を国家が囲っているというのが「圖」の字源だとわかった。
 この構造成立図でわかるように、「圖」は2つの字が合体したものだが、さらに細かくみると、「麦」「それを収蔵した倉庫」「国家」という3要素を含んでいる。
 では、国家が穀物倉庫を囲い込んでいるとは、どういうことなのだろう? さらに各種辞書・事典で調べを進め結果、こういうことらしいと理解した。
1)「図」は、もともとは国家が最大の経済的基盤である食糧(穀物=麦)を確保しているという意味の字。
2)国家は、その経済基盤を維持するために各地に耕作地を開発、また穀物倉庫を適正設置する計画が欠かせないため、そういう「計画」や「企て」、「政策」にも「図」の字が使われた。
3)さらに、穀物生産のための耕作地、その開発計画、穀物倉庫の設置場所などを記録した図面や絵、地図も「図」の意味に含まれるようになった(むしろそれが主となった)。

給料ひと月分の『大辭典』で調べてみた

ここでもう一冊の愛用の辞典で「圖」を調べてみた。
『大辭典』(平凡社)だ。

1936年(昭和11年)に全26巻、1万6800ページからなる当時最大の辞典として出版。総項目数は72万語にのぼる。もっとも26巻の再版は大変だったからだろう、平凡社は全26巻を2冊にした縮刷版を40年以上前の1974年(昭和49年)に出版、発売したのだ。
価格は約6万円。当時、まだ駆け出しのもの書きだった私は基本資料としてどうしてもほしかったが、この価格はほぼ当時の大学卒初任給(6万7400円・厚生労働省データ)だった。2014年の大学卒初任給は20万6258円(「労政時報」による)なので、『大辭典』は今なら20万円近い高価本だったことになる。そこで、ローンを組んで入手を果たしたのだ(現在2セットを保有)。
この縮刷版はA4サイズの1ページに4ページ分をおさめるという、まぁあきれるほど無茶苦茶な縮小率であるため、肉眼ではほぼ閲覧困難という前代未聞の辞典なのだ。そのためこの2冊セットの箱の上部の引き出しには付録の拡大鏡が用意されていて、「それで読め」というのにはびっくりだった。その拡大鏡、昨今のちゃちなプラスチック製拡大鏡とは雲泥の差のしっかりしたガラスレンズ入りの大型サイズで、じつはこれも魅力だった。

『大辭典・縮刷版』(平凡社、1974年刊)の縮小された1ページ。現在も購入可能のようだ。

各項目には、その言葉が記された多種多様の書籍や文献での用例がじつに豊富であるため、字源、語源を幅広く知るにはなんともありがたいため現在も愛用しているのです。
その『大辭典』で「圖」を引いてみると、やはり「図面」などの意味の前に「計画の難しさ」を意味していたといった説明が存分に記してあった(国家の経済基盤=食糧の確保のための政策の困難さ、という意味だろう)。
さらに、あちこちの辞書、辞典をひっくり返し、最後に再び「ジャパンナレッジ」に戻り、『字通』(白川静著)で「圖」を調べると、これまた「圖」の背景などが詳しく記されていてとても興味深かった。『字通』の説明はかなり読みにくいのだが、あちこちの辞書、辞典をつまみ食いしてきたからこそ、『字通』の説明もわかりやすく頭に入ったのでした。
『字通』では、「図=圖」の訓義をこうまとめている。

[1]ず、ちず。
[2]はかる、考える、計画する、経営する。
[3]え、えがく、うつす。
[4]書物、図書。
[5]度と通じ、のり、法度。

「図書館」の「書」も同じように、各種辞書、辞典で調べたところ、「書」は「聿」と「日」に分解できるが、「聿」は「筆」のかたちと「手」を組み合わせた字とわかった。「日」は太陽を意味するのではなく、ここでは「者」を略したものという。確かに「者」には「日」が入っている。
つまり「書」は、<「人」+「手」+「筆」>による行為を意味し、それによる産物=書物や書冊、筆跡を意味するようになったようだ。
白川静さんは、漢字に潜んでいる宗教的な世界を解き明かした独自の業績で知られるが、この「書」にも興味深い記述があるので、読んでいて楽しい。それらの白川学説も込めて、「書」の訓義を以下としている。

[1]かく、しるす、呪禁としてしるした神聖な文字。
[2]ふみ、書冊、文章。
[3]文字、かきかた、筆跡。
[4]てがみ、たより。

「書」に「神聖な文字」といった意味が込められているのは、文字や書物がかつてはごく一部の限られた「権力者=呪術力を持つ者」の独占物だったことに由来するのかもしれない。

最後に、「図書館」の「館」を調べた。

「図」や「書」と同じように「ジャパンナレッジ」や『大字典』、『大辭典』、などで「館」を括ったところ、「館」の語源は「客舎」、「旅舎」、「仮寓の屋舎」という。「旅館」の「館」はこの字源に近い使い方ということになる。その意味が派生して、「役所」や「学校」、「図書館」など公的な建物を意味する字となったのだ。

以上を私なりにまとめると、「図」「書」「館」は以下となる。

図=画像で記した記録

書=文字で記した記録

館=自宅以以外の居所

結論。図書館とは、画像や文字記録が集められ利用できる自宅以外のモバイルスペースのことである(ありきたりの結論ではあるが)。

ちなみに「ジャパンナレッジ」の『日本国語大辞典』では、「図書館」は、明治期には「ずしょかん」と呼ばれていたと記している。

(1)幕末明治初期には、「文庫」「書院」「書庫」「書物庫」「書室」「便覧所(安中藩)」などの語が見える。明治一〇年(一八七七)代には、「書籍館(しょじゃくかん)」と呼ぶのが普通で、「図書館」が用いられるようになるのは明治二〇年代以降。

(2)当初、読みは「ずしょかん」「としょかん」の二通りがあり、もっぱら「としょかん」というようになるのは大正(一九一二~)以後。

「ず」+「しょかん」の方が、わかりやすかったな、と、思うのだが。

1900年以上前からあった「漢字の成り立ち」6分類

この「図」「書」「館」の字源を調べていて、どの辞書、辞典でも目につく言葉がつきまとっていた。
「字源 會意」
この気になる言葉、「會(会)意」って何だろう?
「ジャパンナレッジ」の『日本大百科全書(ニッポニカ)』で、即、出ました。
「會意」とは、『六書』による漢字の構成、成り立ちの6分類のひとつで、
2つ、あるいは2つ以上の字を合成したもの
を意味する言葉だった。
では、『六書』って何なの?
これも、「ジャパンナレッジ」で即判明。
漢字の成り立ちを、後漢の時代、西暦121年に許慎(きょしん)という人が、『説文解字(せつもんかいじ)』で披露していた「6つの分類」のことと知った(ちょっと不勉強でした)。それにしても約1900年も前に漢字の成りたちを分析して、6分類していたとは何とエライこと! 今もお元気なら、『許慎先生の調べもの極意伝・特選版』の連載をしてもらいたいところでありますね。

『六書(りくしょ)』による漢字の成りたちの6分類。「ジャパンナレッジ」の『日本大百科全書』の説明を整理し作成した表。作表・山根一眞

では、許慎先生の『説文解字』とは、どんな本なのか。
字のルーツのルーツをたどるには、何はともあれ、『説文解字』にいきつかねばならないのだから、どうしてもこの本を見たい。
調べたところ早稲田大学の「デジタル書籍アーカイブス」に8点が見つかった。もっともいずれも出版年は19世紀なのがちょっと残念だったが、オリジナルの雰囲気は楽しめます(2点は出版年不明だが19世紀でしょう)。
そのスキャン画像のページをくくりながら見た『説文解字』は、とてもシンプルな記述でおもな字の成り立ちを記している字典だとわかった。
となると、図書館の「圖」という字もあるはずだと探してみた。この1文字を探すのはえらく大変だったが、やっと見つけました。

『説文解字』(1873年、同治12年、廣州の書店、富文斎刊)の表紙と「圖」の字源の記述。出典:早稲田大学デジタル書籍アーカイブス。

きわめてシンプルな記述ではあるが、なるほど、『日本大百科全書』も『大字典』も『大辭典』も『字通』も、字源は『説文解字』をベースにしていることがわかったのでした。
紆余曲折しつつ「図」「書」「館」の字源を調べて得たのは、大きな驚きもない結論ではあったが、私にとっては、これらの字の背景には深い世界があること、それを記録している多くの基礎資料について学び知ることができたのは大きな成果だった。
「調べもの」とは、調べる過程で、多くのことを学ぶことなのだから、結論がありきたりでも大きな知的至福感が得られるのです。皆さんも、どんな字でも、ちょっと字源を調べてみて下さい。
<第3回了>

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